2021年02月12日

個性について考える

今日湖南高校はお休みです。
いつもは少し残って練習していく生徒がいるのですが、
朝、楽器の搬入などもあって早かったせいか、今日はさすがにいませんでした。
休むところはしっかり休んでくれればと思います。

私はクリエート浜松で行われている、
”三島由紀夫没後50周年”「浜松の小説家 渥美饒児のコレクション」を見に行きました。
午後5時までの開催でしたので、1時間お休みをいただいて、午後4時前に学校を出て、なんとか午後4時半ごろ滑り込みました。
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三島由紀夫は、「仮面の告白」「金閣寺」で知られた、日本を代表する作家のひとりです。
渥美さんは浜松市西区雄踏町にお住まいの作家で、「潜在殺」や、女子高生コンクリート詰め殺人事件をもとにかかれた「十七歳 悪の履歴書」(映画化されました)などの作品で有名です。
実は、ご令嬢は、コナンバンドでトランペットとピアノを担当し、「マノン=レスコー」の冒頭のピアノを弾いて11年ぶりの県大会出場の原動力となりました。
ピアノで音楽大学に進みました。
それからのご縁です。

三島由紀夫は海外にもその作品が翻訳され、文学史では避けて通れないビッグネームですが、また、右翼団体「盾の会」のメンバーとして、自衛隊市ヶ谷駐屯地に侵入して、自衛隊にクーデターを呼び掛けた後、自害したことでも知られています。

私はその、過激な思想のこともあって、作品は読むものの、自分からやや遠い位置にある作家であると思っていましたが、年を重ねるにつれ、なぜそのような思想を持つにいたったのか、興味を持つようになりました。
時は学生運動まっさかりのころ。全国の大学で「安保反対!」のデモが行われた時代でした。
それを憂えるゆえに東大全共闘をはじめとする学生たちと対決し、さらにそれを鎮圧すべく、自衛隊にクーデタを呼びかけた、というのが定説のようです。
国を挙げて思想が左傾する中、国を憂え、闘ったのは、その過激さはともかく、勇気のある行動だったのではないかと思います。
作家は個性的でなければなりませんが、その中でも際立って個性的な作家だったと思います。

さて、湖南高校に限った話ではありませんが、
50代の先生と若い先生の間で、かなり個性のだし方が違うように思います。
50代の先生は個性を前面に出して生徒と向き合う人が多く、20代・30代の先生は非常にスマートに生徒と接しているように感じます。
やはり育った環境も時代も違います。
私たち50代の教員が新規採用のころは、とにかく先輩の先生方が際立った個性をもっていました。
私が高校生だったころも含め、生徒たちは、学校に来てその個性を恐れたりおもしろがったりして、とにかく何か自分の想像を超えたなにかがあるのを日々感じていたように思います。
卒業して同級生と集まったりすると必ず、学生時代の個性的な先生の話題で盛り上がっていました。

今の生徒たちはスマートな先生のもとで、教師の個性という余分なストレスを感じることなく穏やかな高校生活が送れているように思います。
保護者の方もそれを望んでいると思います。

しかし、高校時代はたくさんの刺激を受けて自分を大きくしていく時期、と考えれば、長く時間を過ごす教師の個性は、生徒にはある程度必要なものではないかと思います。
私もまた、高校時代の個性的過ぎる先生たちに強烈なインパクトを受けて自分が変わっていったし、またそういう先生にあこがれて教師になった面があります。
若い先生には、あまりスマートすぎず、少しずつでいいから個性を出すように伝えているところです。





naiyaseifu at 23:43コメント(0) |  

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